1心2葉からの被覆で、苦みを克服

2011年4月 現代農業掲載


さやまかおりの茶園に立つ筆者。経営面積は約1.5haで、そのうち6割がさやまかおり

埼玉では、「やぶきた」が満足に生育しない

「さやまかおり」。茶業者なら一度は聞いたことがある茶の品種名である。

現在、日本で栽培されている茶の品種は、やぶきたが最も多く、次いでゆたかみどりで、三番目がこのさやまかおりになる。

私の住む埼玉県は、年間の降水量が少なく、平均気温が低めで、やぶきたを栽培するには不利な条件である。たとえば、やぶきたは本来なら茶株がガッチリと張るのだが、埼玉の場合、茶樹の生育が悪いため、経済的な収量が確保できない。また、耐寒性が弱いため、毎年のように春先の寒さの被害に遭ってしまう。

そこで、適地適作という言葉があるように、私は「埼玉県にはやぶきたよりも、さやまかおりが合うのではないか?」と考えた。ところが、埼玉県では、今のところ全茶園面積の20%弱しか栽培されていない(昔からそう変わらない)。

なぜ、やぶきたよりも寒さに強く、収量もとれるさやまかおりが普及しないのか? 私はこの疑問を解明するために、約10年ほどの歳月を費やしてきた。


表:「さやまかおり」の普通栽培と被覆栽培の成分測定値。普通栽培はよその園、被覆栽培は自分の園。被覆栽培は普通栽培に比べて、タンニン(カテキンなどの苦味成分)が少ない、テアニン(旨味成分)が多い。



「さやまかおり」は渋い!

まず、私は、やぶきたとさやまかおりの違いを品質面から分析してみることにした。

人間の舌の感覚は、繊細でもあるが、時にはあいまいな面もある。そこで、それを数値で表わすことができないかと考えたのが、近赤外線分析機の利用である。これは、茶のうまみ成分であるアミノ酸や、渋みの成分タンニンなどを数値で見ることができる、たいへん便利なものである。

やぶきたは、もともとアミノ酸が多く、タンニンが少ない品種なので、どこで誰がつくっても欠点があまり出ないと思われる。それは、全国での普及率を見れば明らかである。

表(上)を見ていただきたい。普通栽培では、アミノ酸はそれなりに含まれているが、タンニンは15.7%と非常に多い。要するに、さやまかおりが好まれないのは、タンニンが多すぎるため、お茶を飲んだ時、渋みを先に感じてしまい「まずい!」となってしまうからだと思われる。

昔、私が茶問屋に持って行ったさやまかおりは、「かおり(埼玉では通称『かおり』と呼ばれている)なんか持ってくるな!」とか「さやまかおりは狭山茶の悪宣伝だ!」と低い評価しか得られなかった。今でもさやまかおりを茶問屋へ売る人たちは、このようなイメージを持っているはずだ。

私は、こんな低い評価では納得がいかなかったので、「必ず見返してやる!」という気持ちであった。


被覆でクセをとる

そんなある日、静岡県の農林短期大学校(現静岡県立農林大学校)時代の友人から、「さやまかおりに被覆資材を直掛けして、クセを取ってみたら?」とアドバイスを受けた。その年は、遮光ネットがほとんど手に入らなかったため、少量しか製造することができなったが、翌年から何種類ものネットを購入し、テストを繰り返した。

それから数年間かけてわかったことは、まず被覆のタイミング。早いと「色はつくが、味に力がない」、遅いと「芽が伸びすぎて茎の部分が多くなるし、芽が硬くなる」。うちのお客さんが求める品質にするには、「一心二葉」の頃がいいと判断した。茶摘みの時期は、芽が深緑になってからで、開き具合は一心三葉から四葉。

また、遮光ネットは、「平織り」(経糸と緯糸を交互に織ったもの)よりも「ラッセル織り」(ジグザグ織り)のほうが、風通しがよく、被覆に適している。

これらのことが経験的にわかってきたのである。



被覆するとタンニンが3.5%も減る

表の被覆栽培した場合のデータを見ていただきたい。タンニンが12.1%で、被覆しない場合と比べて3.5%も少ない。データだけでは信用できないので、実際にお客さんに飲んでもらったところ、「美味しい!」「味がまろやか」などの評価をいただいている。

さやまかおりを被覆していなかった頃は、やぶきたの製品7~8割に、さやまかおりを2~3割ブレンドしていた。被覆栽培を開始してからは、この割合が逆転するまでになっている。

最近では、お客さんからの評価も高く、リピーターも増えていることから、やぶきたを改植し、さやまかおりを新植している。そんな私の取り組みに、近所の茶農家は「そんなに、さやまかおりを増やしてどうするの?」と言っている。


凍霜害からの回復も早かった

さやまかおりは、やぶきたに比べて手間がかからない。まず、やぶきたは、当地では枯れ込みが激しく樹勢が落ちやすいので、3~4年に1回台切り(地際近くで切る)をしなければならないが、さやまかおりは台切り皆無、中切りや深刈りで対応できる。また、農薬の散布回数も少なくてすむ。当園では、ウンカやスリップスやダニへの薬剤散布は行なっているが、クワシロカイガラムシの防除はしない。病気への散布回数はここ10年ゼロである。

さらに、昨年春先の凍霜害でも違いが出た。やぶきたは、芽伸びが悪く収量が落ちた。それに対して、さやまかおりは被害を受けてもすぐに回復した。

もし、さやまかおり園があって困っている人、悩んでいる人がいたとしたら、試しに遮光ネットを一枚買ってきて、新芽に掛けてみたらどうだろうか?必ずやいい結果をもたらしてくれるだろう。

なぜなら、茶の付加価値を高めるのは被覆栽培なのだから……。

(埼玉県所沢市)